生きることを語る

愛は存在である。

執筆中の小説の参考文献にて、こんな一節がありました。


***

愛は意識のデリケートな一成分である。

それは存在の深い意味を教えてくれる。

愛はゆいいつの合法的な”麻薬”である。

まちがって、愛が生み出すものを酒や麻薬の中に探す人もいる。

愛は人生でもっとも必要なものである。

賢者はその秘密を知っていて、ただ”愛”だけを探した。

他の人はそれを知らないから、”外”ばかりを探した。

どうやったら愛が手に入るかって?

愛は物質でないから、どんな技術も役に立たない。

それは思考や理性の法には支配されない。

それらが愛に従っているのだ。

愛を手に入れるには、まず愛が感情ではなく、1つの存在だというとこを知ることだ。

愛とは何者かであり、実在し、生きている精神である。

だからわれわれの中で目覚めると、われわれに幸福を、そしてすべてをもたらしてくれる。

どうやったら来てもらえるか?

まず、それが存在していることを信じることだ。

(なぜなら目には見えない、感じるだけだから。人によってはそれを神と呼んでいる)

そのあとで心の奥底にある住まい、つまりハートに探すことだ。

もう、われわれの中にいるから、呼ぶことはない。

来てもらうように願うのではなく、出るように、自由にさせてやる、人にそれを与えてやることだ。

愛は求めるものではなく、与えてやるものだ。

どうしたら愛が手に入る?

愛を与えることによって。

愛することによって。

***


思わずUPしました。

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バイオメカニクスの不思議

お母さんと一緒に大久保にある「理療室はやし」を訪ねた。

そこの先生、はやしさんは目が不自由なおじさんで、生体力学者。

人体の働きを「見る」、この道40年の大ベテラン整体師だ。

全身の骨が歪みまくっていて、すごく疲れやすくなっているから、口コミではやし先生の存在を知った。

治療をしてもらいながら、たくさんのお話を聞かせてもらった。

彼の治療はすべてニュートンが唱えた力学の一つ、生体力学に基づいているという。


それによれば、人の体は「圧力」と「エネルギー」の2種類でできていて、互いにバランスを取り合う関係である。

彼の話で、わたしの理解では、圧力とは重力に逆らうための力で、エネルギーは圧力を助ける役割にある。

そしてエネルギーは流動的で、強い方から弱い方へと流れるらしい。

人の体は圧力をもっているから立ったり、動いたりできる。

たとえば生まれたての赤ちゃんやお年寄りがうまく動けなかったりするのは、重力に抵抗するための圧力が比較的弱いからだ。

そして人が体のどこかで痛みを感じたり、動きづらい症状が出たりするのはその部位で圧力が弱まっているからだ。

弱まった圧力を助けようと、エネルギーはそこへ流れ、過剰に量を増やす。

エネルギーが増すということは、エネルギーを使うということ。

その分だけ、人は疲れを感じるらしい。


この原理に基づいて、根本にある圧力を正常に戻すのが、このはやし先生のお仕事だという。

その圧力が弱くなった部位を確認する方法がまた面白い。

痛みもなく、人体を根幹から治療する彼のすごさは、体感した人にしかわからないでしょう。

わたしは彼の治療を受け、そしてその原理を教えてもらったことで、その奥深さを感じた。


世の中には本当にすごい人たちがたくさんいる。

もう一度断っておきますが、はやし先生は目が不自由なおじさんです。

そんな彼のすごさを、皆さんにもぜひ体感してほしい。

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タイミング

人は、タイミングよく何かと出逢う。

それは人であったり、物であったり、風景や出来事だったりします。


タイミングは、その人の、その時期に必要なものや、見合うものを出逢わせてくれるように思えます。

中には目を見張るような素晴らしい出会いもあれば、意気消沈するほどの悲しい出来事もあります。

時に試練を与えられることもあります。

しかしどんなことであっても、どんな物であっても、タイミングがもたらす出逢いは、その人にとってきっと必要不可欠なものなんだと思います。

ただ、そのタイミングを与えられた時にきちんとキャッチできるかは、その人次第な気がします。


わたしは、とある人と出逢い、文章と出逢いました。

まさかそれが自分の人生を大きく左右する出逢いとなっていたとは、つい最近まで気がつきませんでした。


一年ほどかけて、環境はがらりと変わりました。

もうすぐ、サービスの最前線から退くことになります。

漫画は、描かなくなりました。

けれど、それはちっとも悲しいことではないし、後悔もありません。

念願だった漫画家にはなれなかったけれど、今は文章も絵も描ける環境にいます。

デザイナーではないけれど、デザインに携わる仕事を与えられました。

プロとは言えないけれど、ライター活動も続けられています。

必要な時に、必要な人や本と出逢うことが多くなりました。

ひと言に、これまでタイミングがもたらしてきた出逢いのすべてから成り立っている環境といえるかもしれません。


近頃は、タイミングというものを感じられるようになってきている気がします。

そのタイミングによって得られたのは、わたしの人生において、欠けてきた物事を経験することである気がします。

それは今後の人生において、必要不可欠なものばかりとなるでしょう。

だから、焦らずに、着実に、ひとつひとつの想いを大切にして。

天に与えられた31歳からの人生を、自分らしく生きたいと、そう思います。

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いたみ

最高にすばらしい本に出会いました。

その本については、完読してからまた感想をつづりたいと思っています。

今日の話題はその本をきっかけに、有意義な時間を過ごしたことについて、です。


チャペルの仕事先で最近、大学4回生の女の子が短期で入ってきた。

彼女はそこでインフォメーションのお仕事に携わっている。

仕事中はプライベートの話をあまりしないのだけど、その日は作業している彼女の傍らで休憩するわたしが読んでいた本をきっかけに、深い話をした。

彼女は就職が決まっていて、来春から新社会人として働くことになる。

さて、女の子が「就職しました」というと、どんなお仕事を思い浮かべるでしょうか。

事務、販売、営業。銀行員、スタイリスト、エステティシャン。

色とりどりのこの社会には、多種多様なお仕事が存在している。

華やかなお仕事も多くある。

そんな中で彼女が両親の反対を押し切って就職した先は、ALSOK。

有名すぎるこの大手警備会社。

しかし彼女が両親に反対された原因はその勤務先にあった。

刑務所だ。


彼女は正義感にあふれた女性だと、わたしには見受けられた。

幼児教育の勉強をし、子どもの虐待による死亡率が国内で最も高い大阪で警察官になりたかったという。

訴えたかったのは、「警察の力で地域を活性化させ、他人に無関心になりがちな現代社会にいる人々がもっと近隣に関心を抱くようになれば、虐待も減るのでは…」ということだった。

しかし彼女の素晴らしい考えはうまく伝わらなかったのか、二次試験で落とされてしまったという。

それならば、社会復帰をめざす囚人たちの手助けになるようにと、刑務所の仕事に就くことを希望した。

彼女の配属先には早く社会に戻りたいと願う模範囚たちが入っているらしい。

「幼児教育の勉強をしているのに、なんで刑務所の警備なの?」と、よく言われるでしょう。

けれどわたしは、とても意義のある仕事だと思った。

純粋な子どもたちを教えるのも素敵なことだけど、刑務所の警備なんて、誰にでもできる仕事ではない。

犯罪を犯した人にとって、社会復帰は簡単なことではないのだから。


未知の分野の話は本当に興味深い。

彼女は二週間ほど、児童養護施設に実習生として行った事があると教えてくれた。

下は幼児から上は高校生くらいの子どもたちがひとつ屋根の下で暮らす。

「言葉遣いがすごく悪いんです」

「え!そうなの!?」

「はい。それに、口よりも手が先に出るんですよ」

いったいどういうことなのだろうと、突っ込んで話を聞いた。

「イヤだと思ったことは、口で『やめて』と言うよりも手で叩いたり、足で蹴ったりした方が相手がひるむって覚えちゃってるんですよ。わたしも毎日蹴られてました」

ほんの1、2歳の子どもですらそんな風にするという。

わたしが最も悲しかったのは、彼女が子どもたちになにかを教えようとしても、子どもたちは受け入れてくれないと聞かされたときだった。

「『おまえもどうせ2週間でいなくなるんだろ』って、言われました…」

大きな衝撃を受けた。

その言葉を放した子どもは、どれだけ大人の都合に振り回されてきたのだろう。

何度も何度も裏切られてきたのかもしれない。

直接的には大人の都合、間接的には社会のシステムが子どもたちの心に痛みを与えているのだと、そう思えた。

暴言を吐く、暴力で問題を解決しようとする人間を、社会が育てているように思えてならない。

「暴力を振るわれた経験のある子どもの40%が、成長してから同じことを繰り返すらしいんです」

犯罪心理についてとても興味がある彼女はそれをテーマに研究し、卒業論文で書くらしい。

その論文を読ませてくれるようにとお願いすると、彼女は快く応えてくれた。


わたしは読んでいた本のことを、まだ途中ではあるけれど、彼女に紹介した。

「生と死と、愛と思いやりを教えてくれるよ」

「読みます!そして児童養護施設の子どもたちにも贈ります!」

そう言った彼女の瞳は輝いていた。

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「神の慮り」

大きなことを成し遂げるために

力を与えてほしいと、神に求めたのに

謙遜を学ぶようにと、弱さを授かった

より偉大なことができるようにと

健康を求めたのに

よりよきことができるようにと

病弱を与えられた

幸せになろうとして、富を求めたのに

賢明であるようにと、貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして

成功を求めたのに

得意にならないようにと

失敗を授かった

求めたものは一つとして

与えられなかったが

願いはすべて聞き届けられた

神の意に添わぬ者であるにもかかわらず

心の中で言い表せないものは

すべて叶えられた

私はあらゆる人の中で

最も豊かに祝福されていたのだ


「神の慮り」と題されたこの詩は、ニューヨーク州立病院のある患者さんが病室の壁に残していたもの。

読んでいると、思わず涙があふれてきます。

人はとても弱い生き物なので、神のはからいで苦難をたくさん与えられます。

生きていることは、幸せではないことなのかもしれない。

けれど、幸運なことにはちがいありません。

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げきれい

年齢は人間性を養う最良の栄養分。

人生の大先輩の言葉には、大きな説得力がある。


生活、お金、恋愛、家族、友達、仕事。

考えることがたくさんある。

お金をいっぱい稼げれば、生活が安定するのに

仕事で成功をつかめれば、もっと自信が湧くのに

友達ともっと遊べれば、みんなともっと楽しめるのに

年上のあの人に追いつければ、同じ景色を見れるのに

考えれば考えるほど、深くなる。

考えれば考えるほど、悲しくなる、苦しくなる。


「考えすぎてはだめ。いいことないよ」

深く考え込むくせがあるわたしにとって、最高のはげましです。

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年齢

最近のわたしには新たな「夢」ができていた。

「おばあさんになるのが夢やわ」と友達に言ったら「なにソレ!誰だってなれるよ」と変な目で見られた。

最近のわたしは年齢を感じられることが嬉しくなる。

「顔にしわを発見すると嬉しくなるねん。こないだ白髪を一本発見して興奮しちゃった!変かな?」と職場の人に訊くと「変やな!」って苦笑いで即答された。

ここ最近は「生きている」ことが不思議で仕方がないように思えてくる。

…なにをもって「生きている」といえるのでしょうか。

息をしていること

血液が流れていること

心臓が脈を打っていること

歩いていること

動いていること

生活をしていること

ぬくもりを感じられること

何気なく周囲に目を向けると、人々が普通に行動していることに「生命」を感じる一瞬がある。

それは一言では説明ができないような不思議な感覚で、不思議な感動を覚える。

人は、簡単には生きていられないと思う。

今、「普通」に生きていることは、本当はとても難しくて、奇跡的なことだと思う。

それに気づかない人はたくさんいるように思う。

「おばあさんになる」わたしの夢を変と言った友達はもうすぐ30歳を迎える。

彼女は、三十路になることに最後の抵抗をすると言った。

「時」には誰しも勝てないけれど、彼女の想いは女子として当たり前だと思った。

世間的には「おばさん」の部類に入るとされているし、誰だって嫌だと思うはず。

しわは増え、そばかすはシミとなり、体力が衰え、肌はくすみ、ハリとツヤをなくしていく。

若さという武器がイヤでも手元から離れていってしまうから。

だけどわたしは30になったことがとても嬉しかった。そして次の目標は31歳になることである。

よくよく考えると、やっぱり変なのかもしれない。

だけどわたしにとってこの年齢は、特別なのだ。

奇跡的な巡り合わせでこの年齢まで生きているから…

ときどき、不整脈がおこる。

ここ2、3ヶ月でひどい時だと数分に渡って気分が悪くなることも何度かあった。

本を読んでいるとき、執筆しているとき、会話をしているとき。

何度とあって、もしかしたら今年で死ぬかも…なんてことまで考えてしまう。

手術したから死なないと思うけどね。

たぶん、特別だと意識するあまり、動悸がおかしくなっているだけなんだと思う。

恋と一緒だ。

自分の血液が流れる音を聴いたことがあるでしょうか。

わたしは数ヶ月前にはじめてその音を聴いて、感動したのを覚えている。

それは、決して川のせせらぎのような安らぎの音ではないけれど、「生きているよ」と語りかけてくれる音であった。

わたしはやっぱりおかしいのかもしれない。

最近読んだ本に感傷したからかもしれない。

執筆している小説の影響なのかもしれない。

それでも、「年をとる」ことは「目標」には違いない。

どうか、「時」に逆らわず、「年齢」を楽しんでほしい。

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オリバー・ストーン氏の講演

facebookで万博の友人が、8月6日に広島で行なわれた映画監督オリバー・ストーン氏の講演をシェアしてくれました。

深く考えさせられたのでここでもシェアしたいと思います。

「今日ここにこられてうれしい。初めて広島に来たが、この2、3日、特に皆さんも出席されたと思うが今朝の(原爆記念)公園での式典を見て強く心動かされた。よくできた式典だった。日本人の良心を証明するような式だった。

すばらしい記念式典は「日本人」の性質をよく表していたと思う。しかし、今日そこには多くの「偽善」もあった。「平和」そして「核廃絶」のような言葉が安倍首相らの口から出た。でも私は安倍氏の言葉を信じていない。

第二次大戦で敗戦した2つの主要国家はドイツと日本だった。両者を並べて比べてみよう。ドイツは国家がしてしまった事を反省し、検証し、罪悪感を感じ、謝罪し、そしてより重要な事に、その後のヨーロッパで平和のための道徳的なリーダーシップをとった。

ドイツは、60年代70年代を通してヨーロッパで本当に大きな道徳的な力となった。平和のためのロビー活動を行ない、常に反原子力であり、アメリカが望むようなレベルに自国の軍事力を引き上げることを拒否し続けてきた。

2003年、アメリカがイラク戦争を始めようというとき、ドイツのシュローダー首相は、フランス、ロシアとともにアメリカのブッシュ大統領に“No”と言ったのだ。しかし、第二次大戦以来私が見た日本は、偉大な文化、映画文化、そして音楽、食文化の日本だった。

しかし、私が日本について見る事の出来なかったものがひとつある。それは、ただのひとりの政治家も、ひとりの首相も、高邁な道徳や平和のために立ち上がった人がいなかったことだ。いやひとりいた。それは最近オバマ大統領の沖縄政策に反対してオバマにやめさせられた人だ。

みなさんに聞きたいのは、どうして、ともにひどい経験をしたドイツが今でも平和維持に大きな力を発揮しているのに、日本は、アメリカの衛星国家としてカモにされているのかということだ。あなた方には強い経済もあり、良質な労働力もある。なのになぜ立ち上がろうとしない?

第二次大戦後、米国はソ連を巨大なモンスターにしたてあげた。中国はいまその途上にある。つまり米国の「唯一の超大国」の立場を脅かすもうひとつの超大国にしたてあげられようとしている。今は大変危険な状況にある。

オバマはヘビのような人間だ。ソフトに語りかける。しかしオバマは無慈悲な人間だ。台湾に120億ドルもの武器を台湾に売り、日本にスティルス戦闘機を売る。日本は世界第4位の軍事大国になっている。それを「自衛隊」と呼ぶのはかまわないが世界4位の軍事大国だ。

日本より軍事費が多いのは米国、英国、中国だけだ。日本をそういうふうにした共犯者はアメリカにほかならない。日本は米国の武器の最大の得意客なだけでなく、アメリカの行なったクウェートやイラクでの戦争の戦費の支払をしてくれた。

よく聞いてほしい、アメリカは、こんなことを言いたくはないが、いじめっ子なのだ。日本が今直面している恐ろしい龍は中国ではなく、アメリカだ。4日まえ、私は韓国の済州島にいた。韓国は上海から400Kmのその場所に最大の海軍基地を作っている。

韓国は済州島の世界自然遺産の珊瑚礁を破壊して巨大な海軍基地を作っている。そこは、中国に対しては沖縄よりも前線に位置する。その軍港には世界最大であらゆる核兵器を搭載する空母ジョージワシントンが停泊できる。そこから出て行って中国のシーレーンを制圧するのだ。

今年、戦争がアジアに戻ってきた。オバマと安倍は相思相愛だ。安倍はオバマが何を欲しがっているか知っている。なかでも尖閣諸島について、私にはコメントしようがない。あんなものを巡って戦う気が知れないが、それなのに戦う価値があるように言われている。

いま皆さんは核兵器廃絶が大切だとお思いだろう。しかしこのポーカーゲーム(危険な賭け事)はアメリカ主導で軍が展開して急速に進んでいる。アメリカは世界の73%の武器を製造しては売りさばいている。それには無人攻撃機、サイバー兵器、宇宙戦争用の武器も含まれる。

核兵器などは、アメリカが戦争に使う兵器のごく一部でしかない。米国は世界の歴史上最強最大の軍事国家なのだ。どう思いますか、みなさん。これに対して怒りを感じてほしいです。私が怒っているのと同じように、皆さんにも怒ってほしいのです。

米国は「唯一の大国」であろうとするために脅威を増大させ、世界中にアメをなめさせ、無実の人を刑務所に入れ、消し、ファイルを秘匿し、盗聴し、永遠の監視国家たろうとしている。ご存知かどうかわからないがジョージ・オーウェルがこのことをうまくいいあらわした。

これが今世界に起っている事だ。日本は、悪事に加担している。もう一度言おう。ベトナム戦争の後、みなさんは戦争のあぶなさにを知って、これがアジアで最後の大きな戦争になると思ったはずだ。でも、もう一度戦争がある。

ここでみなさんにはドイツがヨーロッパでしたように、立ち上がって反対の声を上げてほしい。日本はかつて敗戦し広島長崎そのたでひどい目にあった。その悲しみを糧にして強くなり、繰り返し戦争を起こして日本と世界に痛みを与えてきたバカ者どもと戦ってほしいのです。」

オリバー・ストーン「安倍の言うことは信じることができない」 原水禁2013

http://t.co/xraHaWd5zj

平和とはなんなのでしょうか。

平和だ核廃絶だと言いつつも、いつでも戦争ができるように準備をしているような現状が恐ろしく、おかしな世界に感じられました。

なぜ、地球人は武器を生むのでしょう…

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素敵な笑顔を少女たちへ①

こんなバナーを目にした。

ピンク色のチャドルを身に纏った可憐な少女の写真の下に

「13歳で結婚 14歳で出産 恋は、まだ知らない」

そのキャッチコピーに心を奪われ、思わずクリックした。

それはプラン・ジャパンのBecause I am a Girlキャンペーンの広告バナーだった。

発展途上国の少女たちを支援するその企業によると、彼女たちは早期出産による死亡率も高いという。

女性に発言力なんてない。

完全なる男性上位社会である。

そんな彼女たちは恋を知ることすらできる環境にないのでしょう。


ふと、わたしは本当にすごくすごく幸運なのだと改めて感じさせられた。

恋をする気持ち、想い。

そのつらさ、苦しさ、悲しさ、切なさ。

不安感や焦燥感。

そして楽しさ、嬉しさ、甘さや、温かさと柔らかさ。

安心感も、信頼感も。

「好き」というたった二文字にはあらゆる感情が含まれている。


女の子なら誰だって恋をする。

その考え方は、発展途上国の女の子たちにはないのかもしれない。

あるいは恋をしたくても、できないのかもしれない。


世界の女の子たちに、恋する気持ちを少しでも体験してほしいと願います。

http://www.plan-japan.org/girl/


さあ、わたしたちには何ができるのでしょうか。

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今を楽しめ

世界最大級の東日本大震災から一ヶ月が経ちました。

依然として行方不明者が1万4千人を超えています。

2次災害、3次災害と続き、悪化する原発問題に強い余震もまだ起こっています。

被災し、避難生活を強いられている方々が沢山いる中、普通に生活を送っている自分をどう思いますか?

心が痛む方もきっと多くいらっしゃるでしょう。

申し訳なく思う方もいらっしゃるでしょう。

けれど、いつまでも哀しい思いを引きずるわけにはいきません。

避難生活を送っている方々は何を求めているのでしょうか。

食べ物?生活必需品?それともお金でしょうか?

どれも求めているかもしれませんが、一番の望みは普通に生活をすることではないでしょうか。

そのために、わたしたちには何ができるのでしょう。

募金、ボランティア、物資を送る。

選択肢はいっぱいあります。

その中でも、一番最初にできること、そして一番大事なのが、普通に暮らすことなのではないでしょうか。

朝に起きて、ご飯を食べて、勉強や仕事をして、友達と会って、おしゃべりをして、バカ騒ぎをして、将来を語り合って、笑い合って。

音楽に浸り、映画で泣き、バラエティ番組で笑い、本に共感する。

不謹慎でしょうか?

でも、どれも普通に行っている事で、どれもがとても大事なことだと思います。

そしてそれが今のわたしたちにできることなのではないでしょうか。

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活動を自粛しすぎている日本企業を、海外メディアは批判しています。

それも、「他人を思いやる」日本人の美徳ゆえ…だと思います。

けれど、度が過ぎると社会は活気を失ってしまいます。

復興も、遠のいてしまうのではないでしょうか。

例えば海外からの観光客が激減している今、わたしたちからは何を発信できますか?

――わたしたちはいつも通り生活しています。

幸せに暮らしているのです――

それを伝えるべきではないでしょうか。

.

これからできることは、被災者の方々に笑顔を届けることだと、わたしは思います。

形になるものがすべてではありません。

心の支えになるように、活発になることが何より大切なのです。

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